建物は木造2階建て(1階120坪、2階15坪、地下防空壕、土蔵、長屋門)で、庭園は270坪で縁先の近くには池泉を、背後には緑濃い植え込みと築山を設けて滝を落とすという典型的な書院庭園です。
昭和初期における庭園様式を現在まで残した稀有の例で、同様の例は旧安田邸、徳富邸があります。
滝は池の最も遠い部分の入江奥に設けられ、庭園に奥行の深さと心地好い滝の音を作り出しています。
また限られた池水面をより広く見せる手法として、池の諸方向に入江を設け、池岸を多様に変化せしめています。
米国の日本庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズガーデニング」が実施した日本庭園ランキング調査で山本亭は、2004年・2005年・2006年と3年連続で3位にランクされました。
山本亭は、合資会社山本工場(カメラ部品メーカー)の創立者、故山本栄之助氏の自宅でした。山本宅は浅草の小島町一丁目にありましたが、 大正12年の関東大震災で被害を受け、製瓦業者の屋敷跡(当地)に移転して来ました。
大正15年から昭和5年まで増改築を重ね山本家四代に亘り、昭和63年まで居住していました。現在は葛飾区が保存していて、平成3年4月から一般に公開されました。

山本亭の土蔵は、栄之助氏が屋敷跡を取得した当時からあり、改修は行われていますが築造年は判明しておりません。現存する建物の中で一番古い建造物となります。

大正15年から昭和2年頃、東棟の玄関・廊下(写真左1段目)を改修し、西棟および蔵前廊下の新築をして、二世帯住宅の形となりました。

昭和5年、東棟の湯殿を火災で焼失。その頃居宅の改修が施され、鳳凰の間(写真左2段目)を新築、ほぼ今日の状態と同じになりました。

和洋折衷様式の特異な長屋門(写真左3段目)は、昭和5年から8年に住居兼用であった古い長屋門を取り壊し新築されたものです。

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